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大胆な金融緩和の出口でのコスト

慶応義塾大学経済学部 教授 池尾 和人 氏

慶応義塾大学経済学部
教授 池尾 和人 氏

出口戦略を議論する必要性

米国では連邦準備理事会が量的緩和の減速(tapering)を開始しているけれども、わが国において日本銀行が金融緩和からの出口に至るのは、まだまだ先のことになると見込まれる。しかし、実際に出口に至るのが時間的には遠い先のことであるとしても、「出口戦略を議論するのは時期尚早だ」というのは正しくないと考える。確かに「時々の経済物価情勢や市場の状況によって対応は変わる」だろうが、どのように対応するにしても、無視しがたいコストが出口時点で顕在化することになるのは避けがたいと考えられるからである。

出口時点で想定される経済情勢や市場状況に応じて、幅をもったかたちでしか推計できないとしても、将来負担しなければならなくコストの大きさを示すことが求められる。コストの大きさが全く分からないままでは、国民が政策の妥当性に関して評価しようがないという意味で、そうした情報を示さないという姿勢は、金融政策当局としての説明責任を果たしているものとは言いがたい。出口戦略について語らないことによって、あたかも金融緩和にコストが伴わないかのような印象を与えているならば、国民の判断を誤導することにもなりかねない。

出口時点でのコストの大きさ

こうした中で、日本経済研究センターが昨年の11月に「量的・質的金融緩和政策の効果とリスク」に関する研究レポートを公表しており、その中で「異次元緩和の出口で発生するコスト」についても検討している。その結論は、出口局面では日銀の経常利益はマイナス方向に動き、少なくとも3年間は国庫納付金の支払いができなくなるという可能性があるというものである。したがって、政府・日銀は、今後の出口政策のリスクやコストについて、損失補填条項の規定を含めて明確に示す必要があると主張されている。最後の主張には賛同するけれども、この日本経済研究センターによるコストの試算は、かなり過小評価になっているのではないかと考える。

日本銀行も銀行であるから、その利益は、受け取り金利収入から支払い金利支出を控除したものから、さらにその活動に要した人件費と物件費を差し引いたものになる。金融緩和からの出口において、購入した長期国債等の売却は避けて保有を続ける一方で、準備預金に払っている金利水準を引き上げることで対応するというのが、メインシナリオである。このメインシナリオにおいては、受け取り金利収入は変わらない一方で、支払い金利支出は増加することになるので、(人件費・物件費に変化がない限り)利益は減少することになる。問題は、支払い金利支出がどれくらい増えるかである。

日銀の(簡略化した)バランスシート1

日銀の(簡略化した)バランスシートの図1

日銀券発行残高は変化しないのか

日銀の資金調達源は、大まかにいうと、日本銀行券の発行と準備預金の2つである。ゼロ金利制約から脱した後は、(必要準備を除く)準備預金の残高を維持するためには、それに短期金融市場金利と同水準の金利を支払う必要が生じる。しかし、そのときでも、日銀券に金利を支払う必要はない。したがって、日銀券で資金調達がまかなわれている割合が大きいほど、日銀は支払い金利負担を免れることになる。現在、日銀券の発行残高は80兆円を超える額になっており、その分だけで、それに見合う保有国債の利回りが1%であるとしても日銀は8,000億円の収益基盤を持っているといえる。

日本経済研究センターによる試算では、日銀券の発行残高が基本的に変化しない想定になっている。そのために、この8,000億円の収益基盤がそのまま維持されることになっているので、出口局面での日銀の収益悪化が少なめに見積もられることになっているとみられる。しかし、ゼロ金利制約から脱した後でも日銀券の発行残高に基本的な変化は生じないという前提は、はなはだ疑わしいものであるように思われる。換言すると、現状において現金需要(人々がその資産を現金の形態のままで保有しようとする額)は膨張したものとなっており、金融政策の正常化が図られる時点では、現金需要も正常化すると考える必要がある。

日本銀行券発行残高(兆円)/暦年平均残高

  • 日本銀行のデータを元に池尾氏作成

現金需要は大きく収縮する可能性

現状では、短期金利がゼロに近いことから、現金保有の機会費用が無視できる状況になっている。要するに、現金のままでもっていても損にならないので、現金需要が膨張していて、それに応じて日銀券の発行残高が増加しているとみられる。図に示したように、短期金利がゼロ近くになる1990年代半ば以前には、日銀券の発行残高は名目GDPの約8%水準にとどまっていた。ところが、それ以後は、名目GDPがあまり変化しない中で、日銀券の発行残高だけが増大していっている。ゼロ金利制約から脱すると、現金需要はかつての姿に戻る可能性は無視できない。

銀行預金等に有意に正の金利が付くようになれば、タンス預金されていた日銀券が、銀行に預金される等を通じて最終的には日銀に還流してくることになる。すると日銀は、還流してきた日銀券の分を他の金利支払いが必要な資金調達手段で補う必要が生じることになり、その支払い金利支出はそれだけ増大することになる。こうした現金需要が収縮する可能性を考慮に入れると、日本経済研究センターによるコストの試算は過小評価になっているとみられるのである。少なくとも、出口局面において現金需要がどのような変化を示すかに留意する必要がある。

日銀の(簡略化した)バランスシート2

日銀の(簡略化した)バランスシートの図2

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