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3期連続企画「(1)物価を計測する難しさ」

東京大学大学院経済学研究科 教授 渡辺努 氏

東京大学大学院
経済学研究科 教授
渡辺努 氏

東大指数と消費者物価指数(CPI)の違い

経済指標を作成するのは容易ではない。とりわけ物価は計測が難しい。例えば、企業売上であれば、個々の企業の売上を集めてそれを足すだけだ。しかし物価はそうはいかない。個々の商品の価格を集めるまでは容易だが、そこから物価を計算するにはもうひと手間いる。

すぐに思いつく方法は単純平均だ。例えば、バターと名のつく商品は400種類ある。そのそれぞれの価格を集め、それを1年前の価格と比較し変化率を計算する。その変化率を単純平均するということだ。しかし、良く売れているバターもそうでないバターも同じウエイトというのはいかにも変だ。良く売れている商品の価格変化率にはより大きなウエイトをかけるべきで、そうでなければ消費者の実感と乖離してしまう。

筆者が渡辺広太氏と共同開発し昨年5月から一般公開している東大物価指数(正式名称は「東大渡辺研究室・日経日次物価指数」)は、バターの市場シェアをウエイトとして使うという手法をとっている。この手法はミクロ経済学の指数理論では「トルンクビスト指数」と呼ばれており、消費者の生計費を測る指標としては理想的な性質をもつことが知られている(詳細は、渡辺努・渡辺広太「スキャナーデータを用いた日次物価指数の計測」を参照)。

良く売れる商品により大きなウエイトをかけるとどうなるのか。良く売れる商品は値段の下がっている商品だ。したがって良く売れる商品により大きなウエイトをかけると、価格の下落を強調することになる。その結果、算出される物価指数は下落率が大きくなる。

東大指数は正にその性質をもっている。総務省の公表する消費者物価指数(CPI)は様々なバターの価格を単純平均したものだ。そのようにして作成されたCPIと東大指数を比べると、平均して0.5%ほど東大指数から計算される物価上昇率が低くなる。逆に言うとCPIから計算される物価上昇率は0.5%高めに出る。これはCPIの「上方バイアス」とよばれており、どこの国でも程度の差はあれ存在する。

この話をすると、「それではCPIから計算した物価上昇率から0.5%差し引けば正解が得られるのか」という質問が出てくる。時計が10分遅れていたとしても時計を見る人がその分を考慮すれば済む話ではないかということだ。しかし話はそれほど単純ではない。CPIと東大指数の乖離は平均的には0.5%だが、いつも0.5%というわけではない。上方バイアスは時々刻々と変化している。

過去の東大指数と消費者物価指数(CPI)の動向

東大指数は1980年代末から計算されており、25年間に亘って日々の物価上昇率を見ることができる。25年間で東大指数とCPIの乖離が最も大きかったのはバブル崩壊後まもなくの時期だ。図では、90年代前半の東大指数(赤線)とCPI(青線)を比較している。ここでは、総務省が公表しているCPIの品目別指数を用いて、東大指数で採用されている品目(食料品と日用雑貨)だけから構成されるCPIを作成している。

バブル崩壊時の住宅価格と東大指数/消費者物価指数(CPI)
  • (データ元:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」/作成:株式会社新生銀行 金融調査部)

図の緑線は住宅価格の前年比であり、90年夏をピークに前年比が低下していることがわかる。そこから1年ほど遅れてCPIと東大指数の前年比の低下が始まっている。ここで注目したいのはこれらの指数の前年比がマイナスになるタイミングだ。CPI前年比がマイナスになるのは95年初だ。つまりCPIでは95年からデフレが始まった。一方、東大指数の前年比がマイナスに突入するのは92年春だ。つまり、CPIと東大指数ではデフレ突入のタイミングが約3年違っている。どちらが正しいかを判定するには2つの指数の原データを子細に比較する必要があり、非常に難しい。しかし、不動産バブルの崩壊から5年後にようやくデフレが始まったというCPIの結果は、筆者には不自然に見える。

CPIでみると、92〜93年の前年比は1%から2%の間であり、多くの中央銀行が理想とする物価上昇率の水準に近かった。実際、93年2月の講演で日銀の三重野総裁(当時)は「インフレとの戦いという点ではわが国は非常にうまくいっている」と語っている。バブル崩壊後の日銀の政策については金融緩和が遅かったと指摘されることが多いが、その背景には物価に関するこうした認識があったと考えられる。20年も経ってから「もし」と言ってみても仕方のないことだが、もし日銀が東大指数でデフレ突入を早期に検知できていれば、その後の金融政策も変わっていたかもしれない。

消費者物価指数(CPI)一辺倒の政策判断は危険であり、第二の指数にも注意を払うべき

最後に、東大指数とCPIの最近の動きをチェックしておこう(詳しくはこちらを参照)。5月の東大指数が−0.1%(税抜価格)なのに対してCPIは+1.1%であり、その差は1.2%と上方バイアスの平均値である0.5%を大きく上回っている。しかも差が開いているのはこの月だけでなく、乖離は徐々に拡大している。もちろんどちらの指数が間違っているのか現時点では明らかでない。しかし少なくとも、CPI一辺倒の政策判断は危険であり、第二の指数にも注意を払うべきである。

東大物価指数と消費者物価指数(CPI)の推移
  • (データ元:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」/作成:株式会社新生銀行 金融調査部)

各稿は各執筆者が執筆時点の経済その他の状況ならびに見解を踏まえて作成したものです。 また、各稿は情報提供を目的としたものであり、お客さまに特定の投資方針や相場観等を推奨するものではありません。 各稿は執筆時点の信頼できると思われる情報に基づいて各執筆者が作成しておりますが、情報の正確性、完全性が保証されているものではありません。 ご投資にあたっては、お客さまご自身の責任と判断で行っていただきますようお願いいたします。

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