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3期連続企画「(2)「価格」と「数量」で経済を読み解く」

東京大学大学院経済学研究科 教授 渡辺努 氏

東京大学大学院
経済学研究科 教授
渡辺努 氏

物価変動の原因を考える

大学で最初に習う経済学は需要と供給だ。右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線の交点が経済の均衡で、そこで価格と数量が決まるというあの図のことだ。大学で習ったことは役に立たない、すっかり忘れてしまったという方でも、需要曲線と供給曲線の話は記憶のどこかにあるだろう(と思いたい)。

現実の経済では需要と供給が常に一致しているわけではない。価格が均衡水準に直ちに調整されるというのも非現実的だ。需要と供給の図にケチをつけ出せばきりがない。しかし、現実に起きた価格の変化を説明したり、物価安定のための金融政策を議論したりする際にあの図が頻繁に用いられるのは、そういう細部を超えて便利な点があるからだ。

物価が上昇したとして、その原因は何かを考えたいとする。考えられる理由は、需要曲線の上方への(右への)シフトか供給曲線の上方シフトだ。例えば、金融政策や財政政策で需要が喚起されたのであれば需要曲線がシフトする。原油高や円安で限界費用が上昇したのであれば供給曲線が上にシフトする。

図1:需要供給曲線
  • (作成:株式会社新生銀行 金融調査部)

このとき物価だけを見ていたのでは需要と供給のどちらに原因があるかわからない。どちらが原因でも物価は上がるからだ。カギを握るのは数量だ。需要曲線の上方シフトであれば数量は増加する。需要が強いので、価格が上昇してもなお数量が増加している。反対に、供給曲線のシフトが起きているのであれば、数量は減少する。需要が不変の下で原油高が価格に転嫁されれば消費者は需要量を減らす。

価格と数量が同時に観察できる東大指数

このように、価格と数量という2つの変数の両方を同時に観察することにより何が起きているかを的確に知ることができる。しかし価格と数量の両方を同時に観察するというのは、実は簡単なことではない。例えば、価格の指標として「消費者物価」という統計を使い、数量の指標として「家計調査」という統計を使うとする。消費者物価は消費者が購入する商品の束(バスケット)の価格を測ったものであり、家計調査は消費者の購入量を記録した家計簿から作られている。価格と数量の指標としてごく自然な選択だ。

問題は、この2つの統計が別々に作られているということだ。消費者物価は全国各地にある店舗に調査員が出向き採集した価格が基礎情報だ。一方、家計調査は、モニターとなった世帯から集められた情報に基づく。どちらもサンプル調査であり、消費者物価の対象店舗と家計調査のモニターが訪れる店舗が同じである保証はどこにもない。むしろ両者が一致する確率は非常に低い。もちろん店舗が厳密に一致していなくとも、これらの統計から、物価を動かす原因が需要なのか供給なのかを学ぶことは可能である。現にそうしたレポートは数多く作成されてきた。

しかし落ち着いて考えてみると、そもそもなぜ別々の店舗から情報を集めなければならないのだろうか。消費者がある店舗を訪問してある商品を購入する。これは一連の動作だ。一連の動作から、価格と数量を同時に観察できるはずだし、その方が精度もはるかに高いはずだ。

それを可能にするのがPOSデータだ。筆者が代表を務める東大日次物価プロジェクトでは、日次の売上高指数の試験公開を本年7月7日から開始した。東大日次物価は約300の店舗から収集した価格をもとに作成されているが、その同じ300の店舗の売上高を指数化したのが日次売上高指数である。価格と数量が完全に同じ店舗、同じ商品から収集されているという点でユニークである。

東大指数は需要曲線の下方シフトを示唆している

日次売上高指数の有用性を示すために、図2では2011年3月11日に発生した地震の前後の日次物価前年比と日次売上高前年比を示している。ここでは図を見やすくするために両方とも1週間移動平均をかけている。売上高前年比は地震発生の直後に急上昇しており、地震発生の1週間後には前年比30%増に達している。地震発生とともに消費者が水や食料などの備蓄を始めたため需要が急増したことを示している。一方、物価も地震発生直後から上昇を始めているが、上昇のピッチは売上に比べ緩やかである。上昇幅も最大で前年比1.5%であり、売上の上昇幅に比べるとずっと小さい。ケインズ以降、マクロ経済を論じる際には、物価が即座に調整されないという性質(価格硬直性とよばれている)が強調されてきたが、地震後の売上と物価の反応の違いはこれを裏づけている。

図2:東日本大震災前後の物価と売上(1週間移動平均)
  • (データ元:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」 作成:株式会社新生銀行 金融調査部)

次に図3では、本年4月の消費税率引き上げ前後の売上と物価の動きを比較している。売上の図からは、3月後半に起きた消費税増税前の駆け込みと、4月前半に起きたその反動減を確認できる。一方、物価(税抜価格)は4月に入って直ちに上昇しており、ピーク時には税抜価格の前年比が約0.8%に達している。店舗やメーカーがこの時期、強気な価格設定を行っていたことを示している。

図3:消費税増税前後の物価と売上(1週間移動平均)
  • (データ元:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」 作成:株式会社新生銀行 金融調査部)

ここで注目したいのは、4月後半以降の物価の動きである。5月は前年比ほぼゼロで推移してきたが、6月に入ると前年比マイナスに転じ、足元0.4%のマイナスとなっている(7月23日における1週間移動平均の値)。物価下落の理由は何だろうか。答えは売上の動きを見れば明らかだ。売上は駆け込みの反動減で4月に大幅に下がった後もマイナス基調を脱していない。前回(1997年)の消費税率引き上げ時よりも売上の戻りは鈍い。

価格が下落し数量も下落しているとなれば、考えられるのは需要曲線が下にシフトしているということだ。需要曲線がシフトする中で販売数量の減少が起き、店側ではそれを少しでも補うべく特売を頻繁に実施するなどして価格を抑える行動をとっていると考えられる。

東大指数は需要曲線の下方シフトが起きていることを示唆しているが、その理由が何かまでは教えてくれない。しかし売上高の減少が消費税率引き上げの直後に起きていることを考えれば、消費増税分だけ可処分所得が減少した結果とみるのが素直だろう。

各稿は各執筆者が執筆時点の経済その他の状況ならびに見解を踏まえて作成したものです。 また、各稿は情報提供を目的としたものであり、お客さまに特定の投資方針や相場観等を推奨するものではありません。 各稿は執筆時点の信頼できると思われる情報に基づいて各執筆者が作成しておりますが、情報の正確性、完全性が保証されているものではありません。 ご投資にあたっては、お客さまご自身の責任と判断で行っていただきますようお願いいたします。

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