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3期連続企画「(3)通常価格と特売価格」

東京大学大学院経済学研究科 教授 渡辺努 氏

東京大学大学院
経済学研究科 教授
渡辺努 氏

物価趨勢を見る上で、消費者物価指数(CPI)から除かれる特売価格

スーパーに買い物に行って特売の表示を見ないことはない。特売かどうかに構わず買い物をすることもない。特売はそれほどに日常茶飯で身近な経済現象だ。
しかし、身近すぎるためなのか、多くの人は特売が重要な現象とは思っていない。例えば、中央銀行が金融政策を決めるに当たって特売に注意を払うべきか否かと問われれば、多くの人は、そんな些細なことはどうでもよい。失業率や為替相場などマクロの変数の方がはるかに重要だと答えるだろう。
特売を軽んじられるのは、特売が一時的な現象だからだ。特売というのは、通常は100円の商品が数日間だけ80円になるという現象だ。数日たてば100円に戻ってしまう。数日間しか続かない現象だ。そんな蜻蛉のような現象に中央銀行や政府の行うマクロ経済政策が振り回されるべきではないという理屈はそれなりの説得力があるようにみえる。
実際、我が国の消費者物価指数(CPI)を作成している総務省統計局もそうした考えをとっている。CPIは調査員が店舗に出向いて価格情報を収集するが、調査員が出向いた先でお目当ての商品がたまたま特売だった場合は、その特売価格ではなく、通常の販売価格を店の人に教えてもらうというルールになっている。
もう少し厳密には、特売の継続期間が7日間以内の場合には上記のように通常価格を聞くという対応を行う一方、それより継続期間の長い特売の場合は、無理に通常価格に置き換えるのではなく、特売価格を収集するということを行う。こうした方針の背景には、特売は短期間しか続かない、だから物価の趨勢を見る上では特売価格を除いた方がよいという発想がある。

特売の動きが反映される東大指数

こうした見方は正しいのか。100円の商品が80円に値引きされ、数日後に再び100円に戻るという価格変動そのものは確かにマクロ現象とは言い難い。ミクロレベルの誤差と見て良いのかもしれない。しかし、ある店で2割引きの商品が10商品の場合と20商品の場合とではどうか。20商品の場合の方がマクロの物価が安いとみた方が適切である。また、10商品が2割引きになっている状況と10商品が4割引きになっている状況を比較すると、これもやはりマクロの含意をもつように思える。さらには、同じ値引き率、同じ商品数であったとしても、特売が週1回だけの場合と週2回の場合ではマクロの含意は異なる。
つまり、ひとつの商品に注目してその価格の変動をみるというのであれば、特売は確かにミクロの現象である。しかし、特売がどの程度広い範囲の商品で行われているのか、どの程度の頻度なのか、どの程度の値引き率なのかという視点でみれば、特売はマクロの現象なのである。
容易に想像できるように、景気が悪くなれば店舗は特売商品を増やし、より大幅な値引きをする。特売の頻度も上げる。その意味で、特売に絡むこれらの販売政策はマクロの景気と密接に関連している。このことは、物価を計測する際に特売を無視してしまうと、物価変動の重要な部分を見落としてしまう危険があることを示唆している。

図1は、ある店舗におけるある商品の価格(上段)と販売数量(下段)を示している。この図は日経デジタルメディア社から提供されたPOSデータを用いて作成されている。上段の価格をみると、この商品は110円程度で販売されていることがわかる。しかしその価格水準の下にたくさんのヒゲが伸びている。これが特売だ。この商品の場合は、通常価格は110円程度だが、98円の特売がしばしば行われている。値引き率の大きな特売もあり、80円、70円まで下がることもある。

図1:ある店舗におけるある商品の販売価格と販売数量
  • (データ元:日経デジタルメディア社 POSデータ 作成:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」)

上段と下段の図をじっくり見ると、特売の日には販売数量が顕著に増加することがわかる。この商品は通常価格の日には精々数十個しか売れない。しかし特売の日には1,000個を超える売上が記録されている。大多数の消費者は特売日を狙って購入しているのである。もちろん、こうした傾向はこの商品に特有のものではなく、スーパーで販売されている商品であれば程度の差こそあれ同じである。

筆者が渡辺広太氏(明治大学総合数理学部・東京大学大学院経済学研究科)と共同開発した東大日次物価指数は図1のような特売価格を無視することなく、指数の計算の対象としている。それどころか、東大指数は様々な商品の価格変化を集計する際に、販売シェアで重みづけを行っている。ある商品の価格変化の結果、シェアが大きくなった場合には、その価格変化は指数により大きな貢献をすることになる。この方法では、特売によって価格が低下するとその商品のシェアが大きくなるので、特売に伴う価格低下は指数に大きな貢献をする。特売の対象商品が広がり頻度が高まれば物価が低下する。
東大指数プロジェクトでは、ある日のある店におけるある商品の価格が特売価格なのか通常価格なのかを峻別する作業も行っている。特売か否かは店に聞けばわかることであるが、POSデータにはその情報が記載されていないため、特売か否かを推計する作業が必要になる。簡単に言うと、ある期間(例えば90日間)において最も頻繁に観察された価格を通常価格とみなし、そこから乖離したときに特売が行われたとみなす。

最近の東大指数の低下が一過性ではない可能性

図2はこのようにして推計された通常価格の前年比を示している。この図は2011年3月11日の東日本大震災の直後の動きを示しており、赤線が東大物価指数(HP上で公開されているもの。通常価格と特売価格の両方が含まれている)、青線が通常価格を示している。地震の直後、食品などの備蓄需要が増加し東大指数は急伸した。一方、通常価格をみると、幾分上昇したものの、東大指数と比べると上昇幅は小さい。その結果、赤線と青線が大きく乖離した。

図2:東日本大震災直後の通常価格
  • (データ元・作成:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」)

この乖離は特売要因が変化したことを意味している。すなわち、地震の直後に店舗は特売の頻度を減らしたり、特売対象商品を減らしたりし、その結果、実質的に価格が上昇した。地震に伴う需要増加は一過性のものであり、店舗側もそれをよく認識していた。そのため、需要増に対して通常価格を引き上げるという対応ではなく、特売の調整で臨機応変に対応したと見ることができる。

図3では同じ手法を用いて2012年以降の通常価格を推計している。2012年12月にアベノミクスが始まると、東大指数は前年比▲1.5%から上昇を続け、2014年春にはゼロ%まで上昇している。ここで注目したいのは通常価格の動きである。通常価格は東大指数とほぼ平行して右肩上がりとなっている。つまり、この時期の東大指数の上昇は主として通常価格の上昇から来ていたことを意味している。アベノミクスに伴う需要の増加は一過性ではなく持続的と店側が判断した結果と見ることができる。

図3:アベノミクス開始後の通常価格
  • (データ元・作成:東京大学「東大日次物価指数プロジェクト」)

東大指数と通常価格の乖離に注目すると、消費税前の駆け込みがあった3月後半は赤線が青線を大きく下回っており、この時期に駆け込み需要を取り込むために店舗が特売を増加させたことを示している。

4月以降、東大指数は前年比が徐々に低下してきており、最近では▲0.5%まで下がっている。ここでも注目点は通常価格である。通常価格は4月初めにピークを迎えた後、最近までほぼ単調に下がっている。しかも4月以降、東大指数と通常価格の間に目立った乖離はなく、ほぼパラレルに低下してきている。つまり、東大指数が4月以降低下してきている原因は通常価格の切り下げであり、特売の増加ではない。このことは、消費税引き上げ後の需要低迷を店側が深刻なものと受け止めているということを意味する。東大指数の最近の低下は一過性ではなく、しばらく続くと覚悟した方がよいかもしれない。

各稿は各執筆者が執筆時点の経済その他の状況ならびに見解を踏まえて作成したものです。 また、各稿は情報提供を目的としたものであり、お客さまに特定の投資方針や相場観等を推奨するものではありません。 各稿は執筆時点の信頼できると思われる情報に基づいて各執筆者が作成しておりますが、情報の正確性、完全性が保証されているものではありません。 ご投資にあたっては、お客さまご自身の責任と判断で行っていただきますようお願いいたします。

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