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民間資金の有効活用のための条件とは

慶応義塾大学 経済学部 教授 池尾和人 氏

慶応義塾大学
経済学部 教授
池尾和人 氏

活用されていない貯蓄は存在しない

このところ、経済活性化のために「預貯金のかたちで眠っている家計の金融資産を有効活用すべきだ」とか、「企業が抱え込んでいる余剰資金を設備投資や賃金引き上げに回すべきだ」といった意見がしばしば聞かれる。こうした意見がもちろん間違っているとは思わないが、いまある家計金融資産や企業貯蓄が「有効には」活用されていないとしても、全く活用されていないわけではないことは認識しておく必要がある。
銀行に預金されている家計の資産は、もちろん銀行によって運用されているわけであって、貸し出されていたり、国債の保有に充てられていたりする(近年は、日本銀行の準備預金に積み上げられていたりもする)。したがって、貯蓄から投資へということで、家計が預金を引き出して、株式や外貨建て資産を購入すると、預金の減少した銀行は、貸出か国債保有などを減らさなくてはならなくなる。

【預金するとは?】
  • (作成:(株)新生銀行 金融調査部)

現金でもっている場合も、現金(日銀券)発行の見合いで日本銀行が国債を買って保有している。世の中で流通している現金の量が減れば、見合いで日銀が保有できる国債の量も減らざるを得ない。企業も、余剰資金は何らかの金融資産のかたちで保有している。それゆえ、その資金を設備投資や賃金引き上げに使うためには、保有金融資産を売却しなければならない。その金融資産を買って、代わりに保有してくれる者が必要になる。

家計純資産の半分は財政赤字の穴埋めに充当済み

要するに、何にも活用されていない資金や貯蓄など存在していない。家計や企業の資金(ないし貯蓄)は、たとえ「有効ではない」ものであっても、何らかの用途に充当されている。したがって、別の有効な用途に活用しようとすると、現在の用途には使えなくなってしまう。それでは、現在はどのような用途に使われているのだろうか。
日本銀行の資金循環統計(※1)(2014年第2四半期)によると、家計(自営業者を含む)は1,645兆円の金融資産を保有している。ただし、住宅ローン等の負債も355兆円抱えているので、純資産は1,290兆円だということになる。これに対して、企業(民間非金融法人)は943兆円の金融資産を保有している一方で、1,302兆円の負債をもっているので、純負債が359兆円だということになる。財政赤字が続いているので一般政府は負債超過で、その純負債額は640兆円である。
この数字から言えることは、マクロ的にみると、家計の純資産1,290兆円のうち、いろいろな経路を経て、359兆円が企業の資金不足のファイナンスに、そして累積で640兆円が財政赤字の穴埋めに使われているということである(残りの291兆円は海外に投資されている計算になる)。日本の家計が国債を直接に保有する比率は低いが、間接的には家計純資産の約半分が国債その他の政府債務の保有に充当されているわけである。

  • ※1 資金循環統計:わが国における金融機関、法人、家計といった各部門の金融資産・負債の推移などを、預金や貸出といった金融商品毎に記録した統計
【家計純資産の使途】
  • (データ元:日本銀行「資金循環統計」 作成:(株)新生銀行 金融調査部)

国債保有を止めてしまうことはできない

もっぱら財政赤字の穴埋めに使われているというのは、確かに「有効な」用途ではないかもしれない。しかし、もっと別の有効な用途に活用しようとすると、国債保有には使えなくなる。国債の発行額が変わらないままで、家計が(間接的に)保有する国債の量を減らそうとすると、企業か海外の主体に国債保有を肩代わりしてもらわなければならない。けれども、企業が国債保有を増やせば、その企業が他の有効な用途に使える資金の量は、その分だけ減ってしまう。
換言すると、家計の金融資産が「預貯金のかたちで眠っている」からこそ、安定的な国債保有が可能になっているのである。したがって、家計の金融資産を有効活用すべきだと主張する者は、その際に国債の保有をどうするのかについても考えておく必要がある。国債を保有しようとする者がいなくなれば、国債価格は暴落し、財政破綻に至るということになりかねない。

こうした観点からいうと、家計の純資産が1,290兆円あるといっても、そのうちの640兆円はこれまでに累積した財政赤字の穴埋めに充てざるを得ないので、実際に有効に活用できるのは、その約半分の650兆円に過ぎないということになる。国債というのは、個々の主体にとっては好きなときに売って換金できる資産であるけれども、経済全体としては誰かが保有し続けなければならないものである。

企業の余剰資金のおかげで赤字財政が可能に

以上は、残高(ストック)ベースのものである。これに加えて、年々の増分(フロー)の動きをみると、財政赤字のファイナンスにおける企業貯蓄の役割の上昇という変化が、近年になって生じていることが分かる。すなわち、高齢化の進行等を背景に、わが国家計の貯蓄率は急速に低下してきており、家計の資金余剰(貯蓄超過額)だけでは財政赤字の額をまかなえなくなってきている。企業の資金余剰があってようやく財政赤字を国内でまかなえているというのが、近年の実情である。
これも日銀の資金循環統計からの数字だが、2013年度では、一般政府の資金不足額33.7兆円に対して、家計の資金余剰額は19.1兆円でしかない。企業の資金余剰額18.6兆円を加えてはじめて、財政赤字額を国内でまかなえている格好である。もし企業の資金余剰がなければ、現状規模の財政赤字をファイナンスするためには、海外からの資本純流入が必要となり、経常収支は赤字化することになってしまう。

やや皮肉な言い方をすると、企業が余剰資金をため込むようなことをしているから、国債の順調な消化が可能になっており、財政赤字を垂れ流し続けることができているのだ。企業は余剰資金を金融資産の増加か金融負債の減少(銀行からの借り入れの返済)に充当している。後者の場合、返済を受けた銀行がその資金を国債に再投資するといった経路で、財政赤字のファイナンスに向かうことになる。

結論として、企業に余剰資金を経済成長につながるように使えというのは正論だが、本当に企業が資金をそのように使うようになると、国債の消化は困難化すると見込まれることも知っておかねばならない。この意味で、経済成長の促進と財政の健全化は両立して進める以外にないのである。

【一般政府の資金不足のファイナンス】
  • (データ元:日本銀行「資金循環統計」 作成:(株)新生銀行 金融調査部)

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