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日本経済を展望する

京都大学公共政策大学院 教授 翁邦雄 氏

京都大学公共政策大学院
教授
翁邦雄 氏

はじめに

2014年12月、総選挙は、安倍政権の大勝で終わった。それでは、2015年以降の日本経済はどうなるのか。ここでは、日本経済の今後について、短期および中・長期での展望を考えてみたい。

短期については「よいデフレ」効果で楽観できる

2014年末・本稿執筆時点での日本経済は、円安・株高のもとで実体経済はやや失速、という印象だが、2015年に限ってみると、比較的順調な回復傾向を続ける公算が大きい。
4月以降の景気停滞は駆込み需要の反動に天候不順の下押し圧力の影響が加わったことによる。しかし、それらが一巡した秋以降の経済指標は、概して改善傾向を辿っている。そこに急激な原油価格低下という強力な追い風が吹いている。10月中旬には、サウジアラビアが1バレル80ドル前後までの下落を容認、という観測記事が流れたが12月中旬の原油市況は80ドルどころか60ドルを割り、2015年前半には50ドルを割りこむ可能性も指摘されている。そこまでの落ち込みは一時的だろうし、LNGなど長期契約による調達分なども考慮する必要があるが、2015年平均価格が1バレル80ドル程度になれば、同100ドル程度と見込まれる2014年の平均価格より2割低下する。鉱物性燃料輸入額は2013年には27兆円程度に達しているから、その価格が2割低下すれば、消費税率2%以上の所得が海外からもたらされる。
むろん、実際には、米国、欧州、中国等の景気情勢の展開や、地政学的リスクなど、現時点では予測困難な多くの要因が日本の経済情勢を左右する。しかし、標準シナリオは、年前半の「よいデフレ」で景気が上向く。その場合、2015年10月の消費税増税延期は、絶好のタイミングを逃したことになるかもしれない。

中期的には労働力人口減少だけでなく介護離職がリスク要因になる

アベノミクスが期待しているハッピー・シナリオは、量的・質的緩和のもとで予想インフレ率が速やかに2%に到達し、内需が底堅く成長し円安で輸出が増加に向かうことにより生産が増え、それが能力増強投資を誘発し、0%台半ばまで低下している潜在成長率のトレンドが上昇する、というものである。このシナリオは実現するだろうか。
黒田総裁が2年間で2%を達成すると豪語していた消費者物価前年比上昇率は、就任ちょうど2年目の頃には0%台半ばまで低下しかねないが、やや長い目でみると、デフレからは脱却する。しかし、それを潜在成長率押し上げにつなげるのは容易でない。
最初の点、デフレ脱却のカギを握るのは労働市場だ。ここ2、3年に団塊の世代800万人が労働市場から大量に退場したことにより、わずかな需要増加で人手不足が顕在化してしまうような労働市場の急激なタイト化が起きている。潜在性成長率の天井が低い日本経済で、原油価格下落が一巡すれば、賃金上昇と米国の金融政策正常化による円安進行がインフレ率を高める、と考えられる。
問題はそこから先にある。量的・質的緩和を導入してからの2年間、日銀推計の潜在成長率はむしろ低下している(図1)。そのうえ中期的には潜在成長率押し下げへのさらに強い圧力が働く。労働力人口が減少を続けるだけでなく、団塊の世代が2022年から2024年にかけて75歳を超えていくからだ。

年齢階層別の要介護認定率は75歳から急激に高まり始め、65〜69歳では3%だったものが、75〜79歳では14%、85〜89歳では50%と急角度で上昇する(図2)。そのことは、医療費の膨張という財政問題だけでなく、介護離職増大のリスクも大きく高める。
統計上の有業介護者は労働力人口の4%程度、と意外に小さいが、日経ビジネス2014年9月22日号は、親が要介護状態だが会社にそれを伝えていない「隠れ介護」が、現状でもすでに1300万人、労働力人口の20%弱に上っている、との推計を紹介し、介護離職激増がすでに企業にとっての大きなリスク要因になりつつあることを指摘している。厚生労働省は在宅介護を推進することを基本方針にしているから、団塊の世代が75歳を超え、要介護比率が急劇に上昇し始めると、介護を理由にやむなく離職する現役世代が急増し、介護離職が経済成長への大きな制約要因になる可能性が高い。これを回避するためには、自立して活動できる健康寿命延伸のための総合的対策が必要になる。

図2 年齢階層別の要介護認定率

長期的には日本社会が真の課題に早く向き合えるかがその命運を左右する

長期的にみて日本経済の命運を左右するのは、十分有効な出生率向上策および健康寿命延伸策がとれるか、にかかっている。ただ、出生率は、それが「人口置換水準(※1)」に戻っても人口が安定するには数十年単位の時間がかかり、安定成長の即効薬ではない。しかし、国立社会保障・人口問題研究所の推計(図3)にみられるように、出生率の現状は日本消滅につながりかねず、回復が遅れるほど事態は悪化する。出生率向上は、日本を存続させるうえで喫緊の課題である。

  • ※1 ある死亡の水準の下で、人口が長期的に増えも減りもせずに一定となる出生の水準
図3 出生率が人口置換水準となった場合の人口見通し

長期的に見て日本社会はこれらについて有効な対策がとれるだろうか?悲観材料と楽観材料がある。
悲観材料は、人間はほとんど不可避であることがわかっていても、現状とかけ離れた未来像を受け入れない傾向がある、ということだ。冷厳な現実に照らすと、デフレから脱却しさえすれば日本の未来は明るい、というのは幻想に過ぎない。しかし、そう考える方が気持ちは安らぐ。ケインズは、「人口減少の経済的帰結」という評論のなかで、「われわれが未来について現実にかなりの程度、予想する力を持ちうる場合のもっとも顕著な例は、人口趨勢の予測である。 (…中略…) それにもかかわらず、「未来は現在と異なる」という考え方は、思考や行動のわれわれの慣習的な様式とは両立しないため、われわれはそれに基づいて実際に行動するのに強い抵抗を感じることになる」(『デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集』 松川周二(編訳)、文春学芸ライブラリー2013年、所収)と述べている。したがって、状況が手遅れになるほど悪化するまで有効な手が打たれない、ということは残念ながら十分起こりうるだろう。
楽観的材料は、出生率対策、高齢者対策ともに、本質的には、それ自体が国民の「痛み」を和らげる政策だ、という点である。したがって、危機感が共有されれば、前に進みやすい。出生率引き上げに成功した国の事例をみても、必要な政策は、出産することを社会が強制する政策ではなく、いかに子供をほしい人が子供を産みやすい環境を整えるか、子供を産んだ人が働きながら育てやすい社会環境を作るか、という方向の政策である。子供を産み・育てやすい社会を作ることは、それらに大きな負担が伴う日本の社会構造の歪みを是正する。他方、後期高齢者の健康寿命を延伸させるための取り組みは、後期高齢者の生活の質を向上させ、家族の介護負担を軽減して労働力を温存する効果をもち、高齢化のもとで持続可能な社会を作る。日本が超高齢化をうまく生かし切り抜けていければ、そのことは日本社会にとってプラスになるだけでなく、今後、高齢化していく世界の多くの国にとっても有益な知見を与えるだろう。

各稿は各執筆者が執筆時点の経済その他の状況ならびに見解を踏まえて作成したものです。 また、各稿は情報提供を目的としたものであり、お客さまに特定の投資方針や相場観等を推奨するものではありません。 各稿は執筆時点の信頼できると思われる情報に基づいて各執筆者が作成しておりますが、情報の正確性、完全性が保証されているものではありません。 ご投資にあたっては、お客さまご自身の責任と判断で行っていただきますようお願いいたします。

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