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FRB量的緩和政策の出口と金融市場

日本経済研究センター主任研究員 竹内淳 氏

日本経済研究センター主任研究員
竹内淳 氏

量的緩和政策の出口に向かうFRB

2013年5月、当時のバーナンキ議長が議会証言において、いわゆる量的緩和第3弾(QE3)の近い将来における段階的縮小(taper)を示唆した後、3ヵ月もしないうちに長期金利が1%ポイント以上上昇し、新興国通貨が当時、Fragile 5(脆弱な5ヵ国)と呼ばれたブラジル、インド、インドネシア、トルコ、南アフリカを中心に売り込まれるという混乱が発生した。
米FRBは昨年10月に予定どおりQE3を終了し、現在は利上げのタイミングを窺う状況にあるが、市場では局所的な緊張は見られても、13年当時のような過剰反応は回避されている。13年の混乱は、赤ん坊のひきつけを意味する用語をつけて、taper tantrumと呼ばれたが、果たしてこの先、赤ん坊は穏やかに目が覚めるのだろうか。それとも再びひきつけを起こし、泣き叫ぶのか。

利上げを巡る不確実性

米国が利上げ(liftoff)に向かううえでは、特に次の2点に注意が必要だ。
第一は、利上げのタイミングはともかく、そのペースに関して市場とFOMCメンバーの見方にズレが存在することだ。

FFレート先物(市場見通し)とFOMCメンバーの見通し
  • (資料)Bloomberg

市場は、FRBの利上げが過去の局面と比べて非常に緩慢なものとなると考えている。その理由は、これまでのところ雇用情勢の改善にもかかわらず、賃金上昇が抑制的であり、インフレ圧力が高まらないことにある。万が一、時期尚早に利上げを進めて経済が再失速することのリスク(その場合に量的緩和が効果を発揮するか不明)と逆に利上げが後手に回った場合のコストを比較して、前者の方が大きいとの見方も影響している。FOMCメンバーもそうした見方を基本的に共有していると考えられるが、それでも2%程度とされる潜在成長率を上回る成長の継続が予測される中で、インフレリスクを市場以上に重視している可能性がある。現下では原油価格の下落を受けて、市場ベースのインフレ期待(BEIなど)が低下しているが、イエレン議長は「一時的な要因」によるものの可能性(※1)を考えているようだ。市場では、FOMCメンバーが利上げに対する見方を修正すると想定しているが、足元では賃上げを求めた労働争議が頻発し始めており、逆に市場が修正を迫られる可能性もある。

  • ※1 ブレークイーブンインフレ率(BEI)は、期待インフレ率+インフレリスクプレミアム−流動性リスクプレミアムに分解できる。
  • 昨年12月FOMC後の記者会見において、イエレン議長は、ブレークイーブンインフレ率(BEI)が示すものを「インフレ期待(expectation)」ではなく、「インフレ報酬(compensation)」と呼んだうえで、その足元の低下についてインフレリスクプレミアムの縮小、流動性リスクプレミアムの増加が一時的に作用している可能性を指摘。

第二は、利上げが視野に入っているにもかかわらず、長期金利が一向に上昇しないことだ。その結果、2年債と10年債の金利差は縮小傾向を辿っている。前回の金融引き締め局面(04年6月〜06年6月)において、米FRBはFOMC毎に+25bps、累計4.25%も政策金利を引き上げたが、その間に長期金利は殆ど上昇しなかった。当時グリーンスパン議長が「Conundrum(謎)」と呼んだ事象だ。長期金利が上昇しないと金融引き締めの効果は減殺されてしまう。その結果、住宅バブルが発生し、サブプライム危機に繋がったことは記憶に新しい。

米国 2年債/10年債利回り推移
  • (注)シャドー部分は前回の利上げ局面(2004年6月〜2006年6月)。データは2015年2月20日まで。
  • (資料)Bloomberg

今次利上げ局面では同様の事象が発生しないのか。NY連銀のエコノミスト達(※2)は、ホームページ上で長期金利の要因分解を掲載している。それを見ると、前回の利上げ局面も足元も、先行きの短期金利には上昇期待が発生する一方で、「短期債を何度も購入する場合よりも、長期債を保有する場合に、投資家が求める上乗せ分」を示す、タームプレミアムがそれ以上に縮小することで長期金利の低下に繋がっている。タームプレミアムは何故潰れたのか。前回の利上げ局面では、新興国の貯蓄過剰(savings glut)で生じた資金が米国に流入したことが指摘されたが、それ以外にもFRBの政策金利の先行きに関するコミュニケーション(フォワードガイダンス)が市場のボラティリティ低下→タームプレミアム縮小に繋がった可能性がある。そうした状態は現在にも共通する。問題は、利上げ開始後に長期金利が上昇しない場合にFRBがどうするかだ。上述の通り、過去の経験からはFF金利を引き上げるだけでは不十分だ。そうなるとMBSや長期国債の売りオペも視野に入るだろう。しかし中央銀行にとって、長期金利は短期と比べてコントロールが遥かに難しく、市場にショックを与える恐れがある。

  • ※2 Adrian, T., Crump, R., and Moench, E., "Pricing the Term Structure with Linear Regressions", Staff Report 340, Federal Reserve Bank of New York, April 2013.
米国 長期金利(10年債利回り)の要因分解
  • (注)シャドー部分は前回の利上げ局面(2004年6月〜2006年6月)。データは2015年2月13日まで。10年債利回り=短期金利の期待値+タームプレミアム
  • (資料)Adrian,Crump and Moench(2013)より作成。

警戒すべき市場の不均衡

量的緩和の出口を控えた市場のポジションニングに関しても、気になる点が存在する。第一に、為替市場において先行きドル高予想が支配的過ぎる点だ。例えばCME(シカゴ・マーカンタイル取引所)のIMM通貨先物をみると、投機筋によるドルの対主要6通貨でのロング(買い越し)ポジションは過去最高水準まで増えている。

IMM通貨先物 米ドル持高推移
  • (注)ユーロ、円、ポンド、スイスフラン、豪ドル、カナダドルの建玉枚数よりドル換算した合計値。データは2015年2月10日まで。
  • (資料)Bloomberg

しかしドル高が一本調子に続く保証はない。ドルの実質実効為替相場は、過去45年間の平均水準まで上昇している。米国内では、他国の中央銀行の金融緩和を「為替操作」と批判し、報復措置を主張する向きが見られ始めている。景気回復が先行する米国に他国からの輸出が集中すると、米国の貿易赤字が拡大し、保護貿易の主張に支持が集まる恐れがある。
第二に、長期間に亘る金融緩和の結果として、ドル建て社債の発行が過去数年で急増している点も懸念材料だ。ドル建て社債の発行残高は、リーマンショック前と比べて4割近く増えており、足元で8兆ドル近くに達している。中でもハイイールド債の急増が目立つところだ。そして発行主体として重要度を増しているのが、新興国の企業だ。BIS(国際決済銀行)は、米国においてイールドカーブ(利回り曲線)がフラット化(長短金利差の縮小)する度に、新興国企業のオフショア(非居住者向け)市場でのドル建て社債発行が増えてきたことを指摘している(※3)。こうした社債の償還までの平均年限は長期化しており、足元ではロールオーバー(乗り換え)リスクがすぐに顕在化する状況ではない。それでもこれら企業の売上は現地通貨が中心であり、資金調達との間にミスマッチが発生している点には注意が必要だ。為替スワップ市場などでドル資金調達が逼迫する可能性は十分にあり得る。

  • ※3 McCauley, R., McGuire, P., and Sushko, V., "Global Dollar Credit: Links to US Monetary Policy and Leverage", BIS Working Paper No 483, January 2015.

ボラティリティは復活へ

以上の状況を踏まえると、利上げ局面では、金融市場におけるボラティリティは必然的に高まっていくだろう。これまで金融市場の安定という点で鍵を握ってきたのは、FRBのコミュニケーションだ。FRBは、他の手段が出尽くす中で長期金利の低位安定を図るため、先行きの政策に関する不確実性を減らす、フォワードガイダンスを駆使してきた。
しかし、この先は実体経済の動きに合わせて政策の柔軟性を確保する必要がある。FRBはこれまでの様なあからさまなフォワードガイダンスに代えて、政策目標とその実現に向けた枠組みのみをクリアに示し、市場に咀嚼させるという形の対話へと移行することになるだろう。それが金融政策の「正常化」だ。その結果として高まるボラティリティは、リスク管理の必要性を市場に改めて認識させるものとして肯定的に評価すべきだろう。

赤ん坊は、泣き叫ぶからといってその度にあやしていると甘やかすことになる。泣き止まないどころか、かえって大声を張り上げるようになる。覚悟を決めて辛抱強く臨むことが大切だ。出口政策の先輩となるFRBの経験からは、他の中央銀行も学ぶことが非常に多い。

各稿は各執筆者が執筆時点の経済その他の状況ならびに見解を踏まえて作成したものです。 また、各稿は情報提供を目的としたものであり、お客さまに特定の投資方針や相場観等を推奨するものではありません。 各稿は執筆時点の信頼できると思われる情報に基づいて各執筆者が作成しておりますが、情報の正確性、完全性が保証されているものではありません。 ご投資にあたっては、お客さまご自身の責任と判断で行っていただきますようお願いいたします。

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