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「骨太の方針、2015」の評価

コロンビア大学教授 兼 政策研究大学院大学教授 伊藤隆敏 氏

コロンビア大学教授 兼 政策研究大学院大学教授
伊藤隆敏 氏

ギリシャ危機で、ATMの前に列をなすギリシャ国民のテレビ映像をみて、政府債務・GDP比率がギリシャよりも高い日本でも、いずれ財政危機がおきて、ギリシャのような預金引き出し制限が行われるのではないか、という漠然とした不安に駆られた国民も多いのではなかろうか。日本も財政健全化を急がなくてはいけない、そのように思う政策担当者も多い。しかしながら、増税に対する恐怖、抵抗が大きく、社会保障支出は高齢化と同時に自然増を止めるのは難しい中では、財政健全化を進めるのは容易ではない。

より楽観的なシナリオが用いられた2015年度「骨太の方針」

日本の財政健全化は、小泉政権のもとで大きく進み、2007年度には、対GDP比で基礎的財政収支(プライマリーバランス 以下PB)赤字は、1.1%まで縮小していたものの、2008年秋に始まった「世界金融危機」による景気後退を防ぐため、2008年度後半の補正予算、2009年度の本予算で、大きな国債発行による景気刺激策が打たれた。そのため、2009年度には、決算ベースで、PB赤字は8%近くまで拡大して、歳出の50%以上は新規国債発行で賄われるという異常な状態となった。リーマン・ブラザーズ社の破綻に端を発した「世界金融危機」リーマンショックを受けて悪化した財政を立て直すため、先進国は2010年6月のトロントサミットで、2年で赤字半減という財政健全化計画にコミットした。一方、日本の赤字半減目標は他国より緩く、5年でPB赤字半減、とした。
現在の財政健全化計画は、2010年度に策定したものである。2015年度までに国・地方を合わせたPBの赤字を半減(6.6%⇒3.3%)させ、2020年度までに赤字ゼロとすることである。さらに2020年代には、PB黒字化、その後債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す、としている。
2015年度の目標はどうやら達成しそうである。最近3年間の財政健全化について、アベノミクスの推進により「良好な状況を達成しつつある」として、2020年度のPB黒字化の目標を堅持している。しかし、今年度のいわゆる「骨太の方針」(6月30日)では、今後の5年間のPB赤字削減について議論が戦わされた。2月に公表されていた中期見通しの経済再生ケースで2020年度に残るとされている1.6%(9.4兆円)の赤字解消の方策が議論された。その結果、赤字改善の内訳は、歳出削減5〜6兆円、歳入増4〜5兆円と想定されたようだ。そのなかで、これまでのアベノミクスの3年間で大きく赤字を減少させたという実績から、これまでのような努力を続ければよい、ということに収束したようである。具体的な、税収増、歳出削減の中身は具体的ではない。結局、かなり楽観的な成長率を前提としており、2020年度のPB赤字ゼロの達成の確率は高くないのではないかという懸念が残る。
財政の中期見通しは、内閣府が毎年2月と7月に今後10年の見通しを公表している。2015年2月の見通しでは、2017年4月の消費税の税率引き上げ(8%→10%)は実行される、経済は再生するという前提を置いた上で、2020年には、GDP比で1.6%のPB赤字(9.6兆円)が残る、という見通しを発表していた。その後、昨年度や今年度の税収が2月時点よりも大きくなった(財政余剰)ことを勘案して、「骨太の方針」では、より楽観的なシナリオが用いられた。この「骨太の方針」の前提となったものは、2015年7月の試算として公表されている。これによると、2020年度には、PB赤字は、GDP比1%にまで縮小することになっている。
2月の「再生シナリオ」と7月の「再生シナリオ」のPBの推移見通しを図1で表した。

図1 国・地方の基礎的財政収支※(対GDP比)経済再生シナリオ
  • 出典:「中長期の経済財政に関する試算」(内閣府)、他。

7月のシナリオでも残る2020年度のPB赤字・GDP比の1%については、増税は(2017年4月の消費税税率の引上げ以上の)せず、歳出削減の上限は決めないが努力はして、さらに成長率を引き上げる「成長戦略」を実行することで、達成可能と考えたのが今年の「骨太の方針」である。

いくつかの財政健全化計画に対する懸念材料

心配な材料はいくつかある。第一が、そもそも前提となっている成長率見通しが楽観的であることだ。2月、7月の再生シナリオに共通する前提が、実質成長率2%、名目成長率3%が継続する、というものである。実際に、自民党内の財政再建に関する特命委員会(委員長:稲田朋美政調会長)では、財政健全化計画の議論で、「現実的なのはベースラインケース、20年度のPB赤字は16.4兆円に上るのではないか」という意見が出た。図2では7月の見通しにおいて、「経済再生シナリオ」と「ベースライン・シナリオ」を示している。二つのシナリオの違いは主に経済成長率の前提の違いである。経済再生ケースでは、実質2%以上、名目3%以上の成長を想定、ベースラインケースでは、実質1%弱、名目1%台半ば程度の成長を想定している。

図2 国・地方の基礎的財政収支※(対GDP比)<平成27年7月>
  • 出典:「中長期の経済財政に関する試算」(内閣府)、他。

第二に、7月のシナリオでも残る2020年度のPB赤字・GDP比の1%の削減については全く具体的な施策が示されていないことである。歳出の削減については、上限を決めるべきだ、という意見も出た。しかしながら、これも経済成長(消費の下支え)を確かなものにするためには、上限を決めるべきではない、という意見が優勢だった。とくに、歳出の最大のシェアで、上昇を続けているのは社会保障支出である。社会保障支出の拡大を抑える施策については、さまざまなアイディアが羅列されている。しかしながら、具体的な施策にコミットされているわけではない。増税も歳出もコミットされていないと、残りは成長をさらに加速させるということになるが、成長戦略では具体的な施策にコミットされているわけではない。
第三に、目標に使っている数字が、中央・地方政府を統合した一般政府という概念であるが、詳細をみると中央政府の赤字が大きく、地方政府は黒字を出しているという見通しである。そうすると、国債の新規発行は増え続ける可能性が高い。(一方、地方政府の債務は減少していくはず。)しかしながら国の財政問題、ひいては国の格付けを考えるうえでは、国債の需給が安定しているか、国債の金利が安定しているか、ということが重要であり、国・地方を統合した一般政府の債務・GDP比率ではない。その意味では、むしろ中央政府の債務、あるいは国債の残高・GDP比率をみるほうが重要なのではないか。
第四に、そもそも財政健全化目標が、PB赤字をゼロにする、ということでよいのか、という問題がある。PB赤字がゼロということは、名目金利と名目GDP成長率が一致しているかぎりは、債務・GDP比は一定に保たれる、ということを意味している。しかし、名目金利が名目GDP成長率を上回るような状況では、PBを黒字化しないと、債務・GDP比率は一定に保てない。現在、デフレからの脱却の過程で、日銀が大規模な量的緩和をしているために、名目金利が名目成長率を下回っているが、これがいつまでも続くと期待(予測)するべきではない。その意味で、PB黒字化は最低限、必要である。2020年のPB赤字ゼロは、最終目標ではない。2020年代前半にPB黒字化をして、債務・GDP比を引き下げる、というのが重要である。

財政健全化計画の懸念材料

新たに盛り込まれた2018年度中間目標

このような懸念があることから、今回の健全化計画では、新たに中間目標が盛り込まれた。2016年度から5年間の「経済・財政計画」の中間年度である2018年度に、PB赤字をGDP比−1%程度に縮小するという「目安」(メルクマール)である。文章には書かれていないものの、2018年度に−1%が達成されていない場合には、増税、歳出抑制も含めて、政策を見直す、ということが含意であろう。安倍首相は消費税率を10%以上に引き上げることは、封印するとしているが、2020年の東京オリンピックを前に、投資ブーム、外国人観光客の増加が見込めることから、その前は消費税引き上げのタイミングとして最適なのである。

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