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アベノミクス第二ステージ:その可能性と課題

早稲田大学政治経済学術院教授 若田部昌澄 氏

早稲田大学政治経済学術院教授
若田部昌澄 氏

アベノミクスが始まったのは、2012年11月14日、野田佳彦前首相が国会での党首討論で衆議院の解散を確約したときである。アベノミクスが始動から3年目を迎える。当初の期待は高かったアベノミクスに対して、最近は懸念が増している。そうした中、9月24日に安倍首相はアベノミクス第二ステージを発表した。本稿ではその可能性と課題は何か、また政府と日銀が果たすべき役割は何かについて検討したい。

アベノミクスの現状:金融政策の当初の成功を打ち消した消費税増税

アベノミクスはデフレ脱却を目指した政策パッケージと考えられる。そのカギは予想インフレ率を引き上げることにある。予想インフレ率でみる限り、アベノミクスは二つの局面に分けられる。第一の局面は、2012年末から2013年10月まで。この時期は予想インフレ率が順調に上昇し、株価が上昇し、為替が円安に振れ、日本経済の需給ギャップが埋まっていった時期である。しかし、2013年以降、第二の局面に入った。予想インフレ率は低迷し、それから下落している。そのきっかけは何と言っても消費税増税であろう。2013年の10月に安倍首相が消費税増税の引き上げを決断してから、一時的に消費税増税前の駆け込み需要はあったものの、その後の反動減を超えて、消費税増税は消費を下げると同時に、予想インフレ率と物価を下げる方向に働いている。日銀は2014年10月31日に量的質的金融緩和の第二弾を発動し、その後予想インフレ率はわずかに持ち直したものの、最近は低下が続いている。

図1 予想インフレ率と物価の動向
  • ※コアCPIは生鮮食品を除く消費者物価、日銀版コアCPIは生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価
  • ※「予想インフレ率(%)」は内閣府の消費動向調査の「1年後の予想物価上昇率」を新生銀行金融調査部が加重平均して作成。「生鮮食品・エネルギーを除く総合」は総務省の消費者物価指数(全国)より、新生銀行金融調査部が作成。
  • (出所)総務省、内閣府、新生銀行 金融調査部

経済学者のハウスマンとウィーランドは消費に与える「金融政策の正の効果は比較的小さく、財政政策の負の効果は大きかった」と結論付けている(参考文献:Hausman and Wieland, 2015)。事実の問題として、消費税増税の負の効果が大きかったことは率直に認めるべきである。ただし、だからといって金融政策が無効であったというわけではない。仮に金融政策が緩和的でなくいわんや引き締め的であったならば、日本経済はさらにひどい状況に陥っていただろう。

第二ステージ最大の論点は名目GDP600兆円の達成

アベノミクスには次の一手が必要であり、そこに今年9月24日の第二ステージ発言が関わってくる。しかし第二ステージで安倍首相が新たに提案した「新・三本の矢」については批判が多い。たとえば希望を生み出す強い経済、夢をつむぐ子育て支援、安心につながる社会保障は矢(政策手段)ではなく的(政策目標)である、あるいはソフトな言葉が先行して具体性に欠けるといった批判である。
けれども評価できる部分もある。第一に、これまでの政策の継承である。新・第一の矢はデフレ脱却、経済成長の継続をうたっており、これまでの政策は踏襲されている。第二に、改善である。ことに2020年頃に名目GDP600兆円を目指すことは大きな可能性を秘めている。第三に補完である。経済政策の基本は景気の安定化、経済成長、そして再分配である。このうちアベノミクスは景気の安定化と経済成長を重視しながらも、再分配政策についての配慮が足りなかった(参考文献:若田部, 2015)。ここで再分配政策にも配慮するようになったのは政策の方向として極めて正しい。
2020年頃に名目GDP600兆円を目指すことが、なぜ大きな可能性を秘めているのだろうか。英米の経済論壇で最近注目を浴びている概念に名目GDP水準目標(Nominal GDP Level Targeting、通称NGDPLT)がある。これはちょうど9月に英The Economist誌も支持を表明したことで有名になった(参考文献:The Economist, 2015)もので、インフレ目標に代わる政策目標として、中央銀行が名目GDPの一定水準を目標として政策運営をするという仕組みだ。ポイントは名目GDPと水準にある。名目GDPは人々が一定期間に得る給料や配当・利子の総額なので、経済の実感と結びつきやすい。そして水準を目標にすることは、成長率を目標とするよりも成長に対するコミットメントが強くなる。たとえば、成長率を目標としていて成長率が一時的に落ち込むとすると、そのまま同じ成長率を目標としていたのでは、落ち込んだ部分を取り戻すことができないことになる。これが水準を目標とするならば、落ち込んだ部分を完全に取り戻すことが必要になるので、より強力な拡張的政策が必要となる(より技術的な解説としては、Garín et al., 2015を参照)。

図2 名目GDP水準目標の概念
  • (出所)新生銀行 金融調査部

政府が正式に名目GDP水準目標を採用するのだとしたら、日本は最先端の政策を実行することになる。また、日本の場合は、1960年代に「国民所得倍増計画」という名前のもと、10年で国民所得を二倍にするという政策パッケージを実現したことがある。これは名目成長率水準目標の先駆としてとらえることもできる(参考文献:若田部, 2015, 第4章)。

政府と日銀は何をすべきか

日本の名目GDPは、1997年に523兆円を達して以降、500兆円台を低迷している。現時点でちょうど500兆円である(2015年第二四半期2次速報値:季節調整済年率換算)。ここから2020年に600兆円を達成するには年率で3.4%程度の名目成長率が必要である。この成長率は実現可能だろうか。
まず理解しておくべきは、日本の名目成長率だけが例外的に低いという事実だ。これをOECD諸国平均並みにするだけで、日本は十分に成長できる。

図3 日本だけが低い名目成長率
  • (出所)IMF、新生銀行 金融調査部

では何をすべきだろうか。第一のオプションは、日銀が現状での「量的質的金融緩和」の規模を拡大することである。これは可能であるが、緩和第二弾を見る限りそれが予想インフレ率にもたらす効果は逓減しているようだ。第二のオプションは、日銀当座預金残高に対する付利を0%にすることである。これは新政策の導入なので期待に働きかける余地がある。ただマイナス金利の導入が諸外国であまり奏功していないように、量的な部分での効果は少ないかもしれない。第三のオプションは目標インフレ率の引き上げである。ただし、日銀がコアCPI2%の2年程度での早期の実現に成功していない現状で、日銀の政策が信認されるかどうかには不明な点がある。
むしろ名目GDP水準目標の実現に必要なのは、政府と日銀が一体となって拡張的マクロ経済政策を運営することであろう。特に日本では消費税増税という緊縮的財政政策の影響が強く出たことを考えると政府の責任は大きい。この点、英米での議論は中央銀行の目標という文脈に限定されすぎている。
参考になるのはポール・クルーグマンの提言だ(参考文献:Krugman, 2015)。金融政策はレジーム転換に成功したが、緊縮政策で回復は頓挫したと彼は考える。日本はもはやひどい不況にはないが、まだデフレは続いており財政状況もよくない。しかし財政状態を改善するのに本当に必要なのは、緊縮財政ではない。金融政策のレジーム転換に加えて財政支出をさらに増やすことが望ましい。具体的には2%よりも高いインフレ率をめざす一方で財政政策を拡張すべし、という。
これを参考にすると、まず名目GDP水準目標を政府と日銀が共有する旨の共同声明を出す。そのもとで、政府は財政政策については、これまでの緊縮的発想から離脱して、過度の緊縮策を取りやめるべきだ(緊縮的発想の歴史についてはBlyth, 2013が詳しい)。2017年4月に予定されている消費税増税の実施は凍結すべきだろう。財政政策については、新・三本の矢にあるように再分配に資する政策(たとえば貧困層への定額給付金の支給)、あるいは成長政策の要である教育、科学技術振興への支出拡大が望ましい。その規模は現状の需給ギャップを考えると10兆円程度は必要だろう。そして日銀は政府と歩調を合わせて追加緩和に踏み切るべきである(なお、望ましい成長政策については若田部(2015), 第3章を参照されたい)。

参照文献

Blyth, Mark. (2013) Austerity: "The History of a Dangerous Idea," New York: Oxford University Press.(若田部昌澄監訳・田村勝省訳(2015)「緊縮策という病:「危険な思想」の歴史」NTT出版)
The Economist. (2015) "After the hold, be bold," The Economist, September 26.
Garín, Julio., R. Lester, and E. Sims. (2015) "On the Desirability of Nominal GDP Targeting", NBER Working Paper No. 21420.
Hausman, Joshua K, and Johannes F. W. (2015) "Abeonomics: An Update."
Krugman, Paul. (2015) "Rethinking Japan". The Conscience of a Liberal. October 20, 2015.
若田部昌澄(2015)『ネオアベノミクスの論点』、PHP新書

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